≪ことばのこと≫#12「ピンチを背負う」

夕方の番組のスポーツコーナーの原稿を、放送前にチェックしていると、どうも引っかかる表現が…

「初回にランナーを出して、ピンチを背負うと…」「2回にもピンチを背負います…」

「背負うのはランナーでは?」と、担当のディレクターに修正するようお願いした後、念のためインターネットで検索すると、「ピンチを背負う」のオンパレード。しまった、早まったかと、今度は辞書とにらめっこ。

『広辞苑』で「ピンチ」を調べると、「危機、窮地、危急の場合」。『大辞林』には、「さしせまった事態、危機、窮地」と書いてある。「危機を背負う」…なんとも微妙。

今度は「背負う」を調べてみると、『広辞苑』には、①背に負う。背に乗せる。②苦しい仕事や不本意な物事を引き受けて、責任を持つ。例)「一家を背負う」「借金を背負う」。『大辞林』には②の意味の例文として、やはり「借金を背負う」。

ということは、②の意味で、「ピンチを背負う」というのは、やや漠然とし過ぎているのではないでしょうか。辞書の例文にも「借金を背負う」など、具体性のあるものが挙げられています。例えばリリーフ投手が、前の投手が招いたピンチの場面で、マウンドに上がる場合などにはアリかもしれませんが。

となると、やはり①の意味で、「背負う」のは走者(ランナー)。ピッチャーがランナーを出すと、投球の際、ランナーはピッチャーの背中側。だから「ランナーを背負う」なのでしょうね。

「ピンチを背負う」という表現も、既に市民権を得ているのかもしれません。新しい表現を否定する気はありませんが、辞書の「ピンチ」の項目には、「ピンチに陥る」「ピンチに追い込まれる」「ピンチを招く」「ピンチに立たされる」などの例文もありました。表現の幅は広く持ちたいものです。