≪ことばのこと≫#12「ピンチを背負う」

夕方の番組のスポーツコーナーの原稿を、放送前にチェックしていると、どうも引っかかる表現が…

「初回にランナーを出して、ピンチを背負うと…」「2回にもピンチを背負います…」

「背負うのはランナーでは?」と、担当のディレクターに修正するようお願いした後、念のためインターネットで検索すると、「ピンチを背負う」のオンパレード。しまった、早まったかと、今度は辞書とにらめっこ。

『広辞苑』で「ピンチ」を調べると、「危機、窮地、危急の場合」。『大辞林』には、「さしせまった事態、危機、窮地」と書いてある。「危機を背負う」…なんとも微妙。

今度は「背負う」を調べてみると、『広辞苑』には、①背に負う。背に乗せる。②苦しい仕事や不本意な物事を引き受けて、責任を持つ。例)「一家を背負う」「借金を背負う」。『大辞林』には②の意味の例文として、やはり「借金を背負う」。

ということは、②の意味で、「ピンチを背負う」というのは、やや漠然とし過ぎているのではないでしょうか。辞書の例文にも「借金を背負う」など、具体性のあるものが挙げられています。例えばリリーフ投手が、前の投手が招いたピンチの場面で、マウンドに上がる場合などにはアリかもしれませんが。

となると、やはり①の意味で、「背負う」のは走者(ランナー)。ピッチャーがランナーを出すと、投球の際、ランナーはピッチャーの背中側。だから「ランナーを背負う」なのでしょうね。

「ピンチを背負う」という表現も、既に市民権を得ているのかもしれません。新しい表現を否定する気はありませんが、辞書の「ピンチ」の項目には、「ピンチに陥る」「ピンチに追い込まれる」「ピンチを招く」「ピンチに立たされる」などの例文もありました。表現の幅は広く持ちたいものです。

 


《ことばのこと》#11「茶葉」

桜の季節も瞬く間に過ぎ、鮮やかな新緑の季節へ。我が家小さな庭の隅で芽吹いた新緑、実は、お茶の葉です。

毎年この時期になると、お茶の産地から新茶の入札会や、お茶の豊作祈願祭のニュースが届きます。先日ニュースを見ていると、新茶を取り上げた項目の中で、「今年はチャバの生育もよく…」というフレーズが、テレビから聞こえてきました。

「チャバ」、漢字で書くと「茶葉」なのですが、ひと昔前には聞かなかった言葉です。手元の辞書で調べると……

大辞林『チャバ』「ちゃよう」に同じ./『チャヨー』(飲料とする)お茶の葉

新明解『チャバ』「ちゃよう」の口語的表現/『チャヨー』飲料とする茶の葉。ちゃば

すなわち元々は「ちゃよう」のようです。また、インターネットで検索するとお茶を専門に扱う方の間での読み方や、専門書の記載は「ちゃよう」のようです。

とはいえ、コマーシャルで使われだした「茶葉(チャバ)」という読み方も、すっかり私たちの日常にもなじんでいます。広辞苑では最新版の一つ前の第6版の段階で、「チャヨー」の見出しはないものの、「チャバ」が見出しとして採用されています。

辞書によっても見解が分かれている「茶葉」。放送では果たして、どちらの読み方がふさわしいのでしょうか?フリートークでは「チャバ」もあり?生産者や入札など、お茶を専門に扱う人や会合などは「チャヨー」?頭を悩ますところですが、先程のニュース原稿の場合は「お茶の葉の生育もよく」或いは、お茶を扱っているのですから単に「葉の生育もよく」でよいのかもしれませんね。

 

 

 


《ことばのこと》#10「三タテ」

コロナ禍でも無事に開幕を迎えた2021年のプロ野球。福岡ソフトバンクホークスは、開幕から4連勝の後、一転して5連敗。先週末の埼玉西武ライオンズとの対戦は3連戦3連敗に終わりました。

※写真は過去のものです

ホークスが地元福岡でライオンズに3連戦3連敗を喫したのは、ダイエー時代の2004年以来17年ぶりなのだそう。当時のホークスはライオンズが苦手。実況を担当したダイエー対西武の中継でも、「何故、ホークスはライオンズに弱いのか」をテーマに据えたことを思い出しました。

3連戦3連敗と言えば…

テレビのスポーツニュースや新聞記事で「三タテ」という表現がよく使われます。先週末は「ホークスがライオンズに『三タテ』を食らった」わけですが、最近時々見かけるのが「○○相手に三タテしました」という言い方。去年の日本シリーズでホークスが4連勝で日本一になった際には「四タテで日本一」という原稿にも接しました。

と、ここで素朴な疑問。「三タテ」の「タテ」とは、一体……。大辞林を引くと、

《助数詞。勝負に続けざまに負けた数を数えるのに用いる。連敗。「三~を食う」》

ちなみに、漢字で書くと「立て」。となると「四タテ」もあるものの、勝った数を数えるのことに使うのは、やはり誤った使い方です。

情報の送り手として普段、何気なく使っている言葉も、辞書を引いてみると、その言葉の意味や語源がわかります。それを知れば自ずから誤用も減りますね。

 


《ことばのこと》#9「七分咲き」

今年の福岡の桜は、すでに満開。

毎年、気象台の開花発表から満開になるまでの間、放送もでよく使われるのが「三分咲き」「五分咲き」や「七分咲き」など、咲き具合を表わす言葉なのですが、気になるのが、「七分咲き」の読み方。今年も何度か「ナナブザキ」という読みを耳にしました。

アナウンサーは勿論ですが、言葉で伝えることを生業とする人ならば、「シチブザキ」と、読んで欲しいところ。「七」の読み方については、3年前にも、ここに書いたことがあるのですが(《ことばのこと》#3)奥の深い日本語を使いこなしてこそ、プロフェッショナルです。

「七分」(シチブ)とは、その字の通り十分の七のこと。「七分」「七分三分」「七分袖」「七分粥」「七分搗き」などという言葉があります。

古くから日本人が親しみ大切にしてきたきた桜。伝える言葉も大事にしたいものです。

 


≪ことばのこと≫#8「行われました」

2月1日のプロ野球のキャンプインを前に、番組のスポーツコーナーの原稿にも、チームの必勝祈願や新加入選手の記者会見といった話題が増えてきました。

放送前の原稿を見ていると、気になる言葉がチラホラ。オジサン、時々我慢できず、年下のディレクターにアドバイスしています。このところ気になるのは、「行いました」。「〇〇選手が記者会見を行いました」「(チームが)必勝祈願を行いました」などなど…

「会見」を辞書で引くと、≪一定の場所で対面すること≫(広辞苑)、≪特定の場所で正式に人と会うこと≫(大辞林)とあります。したがって、「会見を行う」は「人に会うことを行う」という何とももどかしい言葉になってしまうわけです。

ちなみに、同じ話題を伝えた新聞などの表現を調べてみると、A社「(○○選手が)記者会見し…」、B社「記者会見に臨み…」C社「入団会見に臨み…」などとしていました。

「行いました」。確かに便利な言葉で、アナウンサーもフリートークなどで安易に使いがちですが、ほかに表現できる言葉はないか、最適表現は何かを考えることは大切です。

テレビは、豊かな日本語で、見ている人に伝えるメディアでありたいものです。